エピソード記憶

 認知科学の知見を教育に応用することは、この十年間様々な研究分野で進められてきた。正直、状況論に入りこんでから、微妙になってきたとはいえ、まだまだ実際の教育に有効な視点を与えてくれる。    

 短期記憶と長期記憶という記憶の分類も、認知科学がもたらした知見の一つだが、短期記憶が長期記憶化する、もしくはインプットの段階で長期記憶としてインプットする方法の一つにエピソード記憶化というルートがある。 円周率を何桁も記憶しているびっくり人間をテレビで見たことがあるが、彼は数字の配列を物語にして再生するのだというのを聞いて納得した。    

 単純に考えて「覚えている」という状態を指して記憶というが、これは結局頭の中に入れた状態を指していない。必要なときに頭の中から取り出せる状態を指している。つまりインプットではなく、インプットしたものをアウトプットする事が出来ることを記憶と呼ぶ。 これを記憶の再生といい、この再生のメカニズムの研究も進められ、学習論に大いに適応されている。頭の中に貯蔵されている無数の経験や知識から必要に応じて必要なものを再生するメカニズムは、検索キューなる検索キーワードのようなものによって行われるが、これが単純記憶の場合だと検索キューが皆無なため再生するのが非常に難しくなってしまう。  

 また複雑な経験は抽象化されたり、単純化されたり捨て細部を忘却にさらされながらも頭の中に存在し、必要に応じて再生されてくる。 こう考えると、二つの条件が見えてくる。  

 一つは検索キューが巡回しやすいように記憶自体を整理して貯蔵することができるかどうか、つまり具体的な出来事を分類する一つ二つ上の抽象的な概念を持っているかどうかによって再生率は変わってくる。  

 もう一つは、検索キューが多いこと。つまりエピソードとして記憶が貯蔵されているかどうかということになる。  

 前者は、漢字などの単純記憶の累積に対して分類する概念を学習させることでより多くの漢字を記憶再生できるようになることが例として挙げられる。  後者は、ロケットが宇宙に行く原理をそのまま記憶するのではなく、ロケットの歴史を学ぶ中で学習する方が再生する確率が高いということが例として挙げられよう。こうしたエピソード記憶が長期記憶として再生率の高い記憶であるという点は、学習の方法や学習内容の構造化自体に変化をもたらし、エピソード記憶化するための学び方を教師が学習者に促すようになってきている。